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「こっこここここ暦お兄ちゃん――ごめんなさい!」
「………………」
いきなり謝られた。
いろいろあった高校三年生の一学期の終業式の日。夕刻を過ぎて、夜の帳も下りた時間。彼女に置いてけぼりを食らい、委員長に連れまわされ、後輩に出会ってした後のことだった。
突然鳴り出した携帯電話。
千石撫子だった。
「ごめんなさい」
再び謝られた。
「電話しちゃって、ごめんなさい」
三度目の謝罪だった。
ならなんで電話したのだろう。
このままだと埒があかなさそうだったので、こっちから話を切り出すことにした。
「なあ千石。なんだ? どうかしたのか」
「うん。えっと……ごめんなさい。その、ごめんなさい。謝ってばかりで、ごめんなさい」
「そ、そうか」
加えて三度、計六度謝られてしまった。あるのか、こんな形の泥沼が。相手に悪意も落ち度もないので、うまく是正することができない。素直な人間って、実は扱いの難易度が高いんだよなあ。
それにしても千石、本当に電話だとテンションが違う。
こういう違いは、見ていて面白いでもあるが。
話ができないと、必然、話が進まないんだよな。
そう思っているうちに、ようやく落ち着いたのか千石が謝罪以外の言葉を語り始めた。
「えっと、暦お兄ちゃん。撫子、ケータイ買ってもらったんだよ」
「ああ、そういうことだったのか」
「うんっ。それで、最初に暦お兄ちゃんに電話しようと思って……でも」
憂い憂いとした口調が減衰していく。
そこまで聞いて、おおよその予想はついた。
どうやら初めて携帯電話を購入して、誰かに電話をしたくなったのだろう。それで僕に電話をかけたのは、きっと僕の番号しかまだ知らなかったから。以前、僕と千石は互いの電話番号を交換していたのだ。けれど電話をかけようと考えたが、きっと千石は僕が受験生であることに遠慮をしたのだろう。それでどうにかしてうちの高校の終業式の日程を調べ、僕が忙しくないであろう時間帯に、それでもためらいながら電話をかけた――というわけか。
「ごめんなさい。暦お兄ちゃん。撫子、我慢できなくって」
「いやいいよ。謝ることないって。――――うん。全然かまわない」
うん。かまわなくはないかもだけど、言ってしまったからには、電話を切ることはできなくなってしまった。
ともあれ得心はいった。
もしかすると忍を探してもらったときの一件の後に、千石が両親に直談判とかをしたのかもしれない。もしそうならば、その努力をほめてやりたいところではあった。
となれば、どうしたものだろう。
世間話でもすればいいのだろうか。
そんなことを考えていると、
「暦お兄ちゃん、迷惑かけちゃったからそのお詫びに、撫子が面白い話をするよ」
千石がいつぞやと同じ宣言をした。
またなのか。
消極的な子なのに、やることはとてもポジティブだ。
そして千石撫子は語り始めた。
「『旅は道連れ世は情け』ってことわざがあるでしょ? それでね。撫子がその前半のところをど忘れしちゃって、お父さんやお母さんに『~世は情け』の前の部分はなんだっけ? って訊いてたの。でもこういう聞き方をされると思い出せなくなっちゃうみたいで、みんなで考えてたら、最後におばあちゃんが『人は道連れ』じゃなかったかいって言ったから、撫子が自然に、それを言うなら『人』じゃなくて『旅』だよってツッコんだら、自分でそれだよ! って叫んじゃって…………お、おもしろくなかったかな?」
「あ、うん。面白かったよ」
ていうか、面白いことをいわんとする気概は伝わってきた。
痛いほどに、伝わってきた。
感銘を受けた。
今のセリフも、思えば僕が聞いてきた千石の言葉の中では最長のものだったように思う。
羽川は問題を乗り越えて一皮向けたけど、千石は携帯を手に入れることで成長を果たしたらしい。
「そう言えば、暦お兄ちゃん」
「なんだよ」
「『母を訪ねて三千里』のマルコと『ちびまる子ちゃん』のまる子は、同じ“まるこ”なのにずいぶんな違いだよね」
「どう『そう言えば』でつながるんだ。その話題は?!」
無茶振りすぎるだろ。
そんなところは相変わらずなのかよ。
「えっとね。『旅は道連れ世は情け』から“旅”つながりで『かわいい子には旅をさせよ』ってことわざを思い出して、そこから『母を訪ねて三千里』のマルコを連想したの」
「そうか。脈絡は、あったんだな」
ワンクッションが置かれていたが。
さっせられねえって。それは。
「とにかく、その二人は全然違う作品のキャラクターなんだから違うのは当たり前だろ。でも年齢が近しいってこと以外に本当に何一つ共通点がなさそうってところを見つけたのは逆に慧眼なように思うけど、考えてみればほのぼの庶民じみたマルコなんて嫌だし、使命感に満ちた感じのまる子ちゃんだって見たくねえよ」
「…………っ」
反応は、かすかに異音の混ざった沈黙だった。
たぶん、いつものくすくす笑いをしているのだろう。今言ったキャラクターを想像してしまったのかもしれない。
笑い上戸。
こんなところも相変わらずらしい。
まあ、これは個性であり、愛嬌があるからいいのかもしれないが。
「ていうか『ちびまる子ちゃん』の方は、本名が確か違うはずだろ。桜……桜……」
「もも子だよ。暦お兄ちゃん」
「そうそれだ。まあ、どうでもいい話かもしれないけど」
「そうだね」
「そうなのか」
どうでもいいのかよ。
自分から話を振ったのに。
割とショックを受けそうになる一言だった。
「考えてみれば『そう言えば、暦お兄ちゃん』って言った時点では本当は違うことを話そうとしていたの」
「そうか、あいかわらずアドリブの利く奴なんだな」
「うん。とにかく言い直すけどね。そう言えば、暦お兄ちゃん。『かわいい子には旅をさせよ』で思い出したんだけど、あの吸血鬼の女の子――忍ちゃんは、今は暦お兄ちゃんと一緒にいるんだよね」
「ああ、そうだけど」
一緒にいるというか、ほぼ一心同体みたいなものだ。
「そう、だよね。ううん。大したことじゃないんだよ。ただね。最近、あの学習塾の廃ビルにお化けがでるって噂があるんだよ。撫子も聞いたばっかりで詳しいことは知らないんだけど、もしかしたらあの娘なのかなって思って」
「へえ」
僕は、それ以上を言葉にはしなかった。
なぜなら大した偶然だと思ったから。
いや、必然か。
結局千石には伝えていなかったが、今、僕は羽川と共に、その廃ビルにいるのだ。
偶然二人してビルの前を通り過ぎようとしたとき、羽川がビルになにかの影を見たというので、こうしてかってしったるなんとやらで侵入を果たしていたのだった。
にしても、真夏の廃ビルにお化けとは。
おあつらえ向きというか。
期待通りというか。
それにしても、こうして情報が得られたのだから、今は一緒にいないとはいえ、羽川と行動しているという現状でありながら別の女の子と電話で盛り上っていたことにも正当性が生まれたといえる。
そんなことを考えながら、薄暗い、けれど隙間からの月明かりで意外とよく見える部屋の中へ目をやり――――
…………
そこで
呼吸が
時間が
意識が
停まった
「―――――――お兄ちゃん? どうかしたの、暦お兄ちゃん?」
「……いや、なんでも、ないよ。悪い千石。ちょっと切るな。用事ができちゃって」
「そうなの? うん。わかったよ。お話ししてくれて、ありがとう」
礼を言われるようなことではないのだが。
そう思いながら、電話を切った。
最後に指摘してやりたかったが、できなかった。
なぜなら、僕は言葉を失っていたから。
ここは学習塾の中。
忍野が寝泊りしていた、なつかしの部屋。
そしてさっき羽川が指摘した場所であり、たぶん千石の言う噂の場所。
その部屋の中心。
そこには、
ズタズタでボロボロの傷だらけの血まみれになった――――
二人の少女が、倒れていた。
「………………」
いきなり謝られた。
いろいろあった高校三年生の一学期の終業式の日。夕刻を過ぎて、夜の帳も下りた時間。彼女に置いてけぼりを食らい、委員長に連れまわされ、後輩に出会ってした後のことだった。
突然鳴り出した携帯電話。
千石撫子だった。
「ごめんなさい」
再び謝られた。
「電話しちゃって、ごめんなさい」
三度目の謝罪だった。
ならなんで電話したのだろう。
このままだと埒があかなさそうだったので、こっちから話を切り出すことにした。
「なあ千石。なんだ? どうかしたのか」
「うん。えっと……ごめんなさい。その、ごめんなさい。謝ってばかりで、ごめんなさい」
「そ、そうか」
加えて三度、計六度謝られてしまった。あるのか、こんな形の泥沼が。相手に悪意も落ち度もないので、うまく是正することができない。素直な人間って、実は扱いの難易度が高いんだよなあ。
それにしても千石、本当に電話だとテンションが違う。
こういう違いは、見ていて面白いでもあるが。
話ができないと、必然、話が進まないんだよな。
そう思っているうちに、ようやく落ち着いたのか千石が謝罪以外の言葉を語り始めた。
「えっと、暦お兄ちゃん。撫子、ケータイ買ってもらったんだよ」
「ああ、そういうことだったのか」
「うんっ。それで、最初に暦お兄ちゃんに電話しようと思って……でも」
憂い憂いとした口調が減衰していく。
そこまで聞いて、おおよその予想はついた。
どうやら初めて携帯電話を購入して、誰かに電話をしたくなったのだろう。それで僕に電話をかけたのは、きっと僕の番号しかまだ知らなかったから。以前、僕と千石は互いの電話番号を交換していたのだ。けれど電話をかけようと考えたが、きっと千石は僕が受験生であることに遠慮をしたのだろう。それでどうにかしてうちの高校の終業式の日程を調べ、僕が忙しくないであろう時間帯に、それでもためらいながら電話をかけた――というわけか。
「ごめんなさい。暦お兄ちゃん。撫子、我慢できなくって」
「いやいいよ。謝ることないって。――――うん。全然かまわない」
うん。かまわなくはないかもだけど、言ってしまったからには、電話を切ることはできなくなってしまった。
ともあれ得心はいった。
もしかすると忍を探してもらったときの一件の後に、千石が両親に直談判とかをしたのかもしれない。もしそうならば、その努力をほめてやりたいところではあった。
となれば、どうしたものだろう。
世間話でもすればいいのだろうか。
そんなことを考えていると、
「暦お兄ちゃん、迷惑かけちゃったからそのお詫びに、撫子が面白い話をするよ」
千石がいつぞやと同じ宣言をした。
またなのか。
消極的な子なのに、やることはとてもポジティブだ。
そして千石撫子は語り始めた。
「『旅は道連れ世は情け』ってことわざがあるでしょ? それでね。撫子がその前半のところをど忘れしちゃって、お父さんやお母さんに『~世は情け』の前の部分はなんだっけ? って訊いてたの。でもこういう聞き方をされると思い出せなくなっちゃうみたいで、みんなで考えてたら、最後におばあちゃんが『人は道連れ』じゃなかったかいって言ったから、撫子が自然に、それを言うなら『人』じゃなくて『旅』だよってツッコんだら、自分でそれだよ! って叫んじゃって…………お、おもしろくなかったかな?」
「あ、うん。面白かったよ」
ていうか、面白いことをいわんとする気概は伝わってきた。
痛いほどに、伝わってきた。
感銘を受けた。
今のセリフも、思えば僕が聞いてきた千石の言葉の中では最長のものだったように思う。
羽川は問題を乗り越えて一皮向けたけど、千石は携帯を手に入れることで成長を果たしたらしい。
「そう言えば、暦お兄ちゃん」
「なんだよ」
「『母を訪ねて三千里』のマルコと『ちびまる子ちゃん』のまる子は、同じ“まるこ”なのにずいぶんな違いだよね」
「どう『そう言えば』でつながるんだ。その話題は?!」
無茶振りすぎるだろ。
そんなところは相変わらずなのかよ。
「えっとね。『旅は道連れ世は情け』から“旅”つながりで『かわいい子には旅をさせよ』ってことわざを思い出して、そこから『母を訪ねて三千里』のマルコを連想したの」
「そうか。脈絡は、あったんだな」
ワンクッションが置かれていたが。
さっせられねえって。それは。
「とにかく、その二人は全然違う作品のキャラクターなんだから違うのは当たり前だろ。でも年齢が近しいってこと以外に本当に何一つ共通点がなさそうってところを見つけたのは逆に慧眼なように思うけど、考えてみればほのぼの庶民じみたマルコなんて嫌だし、使命感に満ちた感じのまる子ちゃんだって見たくねえよ」
「…………っ」
反応は、かすかに異音の混ざった沈黙だった。
たぶん、いつものくすくす笑いをしているのだろう。今言ったキャラクターを想像してしまったのかもしれない。
笑い上戸。
こんなところも相変わらずらしい。
まあ、これは個性であり、愛嬌があるからいいのかもしれないが。
「ていうか『ちびまる子ちゃん』の方は、本名が確か違うはずだろ。桜……桜……」
「もも子だよ。暦お兄ちゃん」
「そうそれだ。まあ、どうでもいい話かもしれないけど」
「そうだね」
「そうなのか」
どうでもいいのかよ。
自分から話を振ったのに。
割とショックを受けそうになる一言だった。
「考えてみれば『そう言えば、暦お兄ちゃん』って言った時点では本当は違うことを話そうとしていたの」
「そうか、あいかわらずアドリブの利く奴なんだな」
「うん。とにかく言い直すけどね。そう言えば、暦お兄ちゃん。『かわいい子には旅をさせよ』で思い出したんだけど、あの吸血鬼の女の子――忍ちゃんは、今は暦お兄ちゃんと一緒にいるんだよね」
「ああ、そうだけど」
一緒にいるというか、ほぼ一心同体みたいなものだ。
「そう、だよね。ううん。大したことじゃないんだよ。ただね。最近、あの学習塾の廃ビルにお化けがでるって噂があるんだよ。撫子も聞いたばっかりで詳しいことは知らないんだけど、もしかしたらあの娘なのかなって思って」
「へえ」
僕は、それ以上を言葉にはしなかった。
なぜなら大した偶然だと思ったから。
いや、必然か。
結局千石には伝えていなかったが、今、僕は羽川と共に、その廃ビルにいるのだ。
偶然二人してビルの前を通り過ぎようとしたとき、羽川がビルになにかの影を見たというので、こうしてかってしったるなんとやらで侵入を果たしていたのだった。
にしても、真夏の廃ビルにお化けとは。
おあつらえ向きというか。
期待通りというか。
それにしても、こうして情報が得られたのだから、今は一緒にいないとはいえ、羽川と行動しているという現状でありながら別の女の子と電話で盛り上っていたことにも正当性が生まれたといえる。
そんなことを考えながら、薄暗い、けれど隙間からの月明かりで意外とよく見える部屋の中へ目をやり――――
…………
そこで
呼吸が
時間が
意識が
停まった
「―――――――お兄ちゃん? どうかしたの、暦お兄ちゃん?」
「……いや、なんでも、ないよ。悪い千石。ちょっと切るな。用事ができちゃって」
「そうなの? うん。わかったよ。お話ししてくれて、ありがとう」
礼を言われるようなことではないのだが。
そう思いながら、電話を切った。
最後に指摘してやりたかったが、できなかった。
なぜなら、僕は言葉を失っていたから。
ここは学習塾の中。
忍野が寝泊りしていた、なつかしの部屋。
そしてさっき羽川が指摘した場所であり、たぶん千石の言う噂の場所。
その部屋の中心。
そこには、
ズタズタでボロボロの傷だらけの血まみれになった――――
二人の少女が、倒れていた。
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COMMENT : 無題
お、お、贈っちゃいました!あ、間違えた!?送っちゃいました!
ああーダメだダメだダメだもうなんか書いててこれやべーこんなんナギさんと日原さんに見せたらヤられる!?
と思いながら気がついたらあれ?なんで送信完了って…あぁ!?
…ふふふ…ははははははは(壊
ああーダメだダメだダメだもうなんか書いててこれやべーこんなんナギさんと日原さんに見せたらヤられる!?
と思いながら気がついたらあれ?なんで送信完了って…あぁ!?
…ふふふ…ははははははは(壊
COMMENT : ま~さ~か~
うふふはははっ!!
悩むがいい! そしてがんばるがいい針山さん!
物語の趨勢を任せてやったわ!
ま~さ~か~
思いつかないなんてことな~いですよね~(最高の笑顔)
ではでは!
針山さんの腕の見せ所ですぜ!
期待し待望しておりまーすっっす
悩むがいい! そしてがんばるがいい針山さん!
物語の趨勢を任せてやったわ!
ま~さ~か~
思いつかないなんてことな~いですよね~(最高の笑顔)
ではでは!
針山さんの腕の見せ所ですぜ!
期待し待望しておりまーすっっす